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太東埼燈台

恋のヴィーナス岬 房総太東埼燈台 へ是非お越し下さい。絶景です。




太東埼燈台のご紹介

太東村が終戦後に設置した灯台が、昭和25年(1950年)に国に移管されました。
そしてこの灯台は、昭和27年(1952年)5月に海抜約63メートルある和泉ガ谷の山頂に移築されました。

しばらくは燈台守がいましたが、じきに無人となりました。(写真は貴重な旧燈台です)
海岸浸食が激しく、灯台の敷地が危険な状態になったため、昭和47年(1972年)2月に内陸へ約100メートル入った現在の場所に移設されました。
灯台の光は遠く40kmあたりまで照らし、船舶の航路において現在も重要な役割を担っています。
この岬(太東埼)は戦時中、帝国海軍の電波研究所がありレーダー(海軍では電波探信儀)の研究・開発が行なわれていました。
山頂までの急な登り坂は海軍の指揮のもと昭和17年に着手、近隣の村から延べ人数10万人もの動員で森を切り開き山肌をツルハシやスコップで掘り土をモッコで担いで運ぶ人界戦術で、わずか7ケ月で山頂へ上がれるようになりました。
その後色々な機種のレーダーが設置され性能を検証していました。
実際に飛行機を飛ばし測定中に飛行機(二式大艇)が夷隅川に不時着したのを大勢の人が見ています。

"電波探信儀の台座"

海軍名(12)号電波探信儀(レーダー)の台座 (公園内中央部)